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 歴 史

担当:教育事務局 TEL0596-58-8212
玉城町の歴史
 時は戦国、現在の田丸城跡があるその丘は、かつて玉丸城と呼ばれ、多くの武将たちが悲運の運命をとげた場所である。
 1342年、南朝北畠氏と北朝足利氏の戦。1532年、下剋上風潮の高まりによる一揆。そして1580年、ついに織田信長の進攻により田丸城は炎上。
一方、京の都と伊勢を結ぶ初瀬街道、熊野と伊勢を結ぶ熊野街道が落ち合う場所として、また合戦の後は参宮の宿場町として玉城一帯は旺盛を極め、そして400年の歳月が過ぎた。
 玉城町は、各時代の遺跡がたくさん発掘されており、歴史の古いまちである。皇大神宮(伊勢神宮内宮)の鎮座と共に神領となり、倭姫命に随行して皇大神宮の祢宜となった荒木田氏により開拓されたと伝えられていまる。このことから町内には神宮の摂社・末社が11もあり、神宮との関わりが深い町であったことが分かります
 
玉城町時代考証図

年 代   出 来 事
  縄文時代  
  弥生時代  
  古墳時代 古墳
伊勢神宮の鎮座
荒木田氏の神領開拓
1336 南北朝時代 玉丸城築城(城主・北畠親房) 〔足利尊氏、鎌倉を攻める〕
1342 玉丸城、足利勢により陥落
1440 北畠国司、足利氏と和睦田丸城築城
1467 田丸合戦〔応仁の乱〕
1567 織田信長伊勢進攻
1575 安土桃山時代 織田信雄、大河内城を田丸に移築・田丸城、岩出城築城
1580 田丸城炎上
1600 稲葉氏、岩出城を壊し、田丸城主へ
1616 田丸領、藤堂高虎領となる
1619 紀州藩・田丸領となる、田丸城主久野氏
1876 明治時代 伊勢暴動
1879 村山龍平・朝日新聞設立
1888 〔町村制施行〕

現代、まちの姿・位置>>>



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