| お陰参りがさかんだった頃のお話です。 「火事やー、火事やー」 2月の寒いある夜、本町の町家から張り裂けんばかりの声が聞こえてきました。 「カンカンカン……」 火の見やぐらの半鐘が勢いよく鳴り響き、寝静まっていた町家は、どこもこのさわぎに目を覚ましました。 「たいへんだ、たいへんだ」 火を消そうとする者、ふろしき包みを背中に負うて逃げようとする者。町中ひっくりかえったような騒ぎです。 火の勢いはますますはげしくなり、パチパチパチと隣家へ燃え移ろうとしています。空は火の粉でまっ赤になり、町民達は 「えらいことや、えらいことや」 と血相をかえて走っていきます。 やがて火の勢いは風の音と重なって 「ゴーッ」 と巻きおこり、今にも町家全体をおおう気配です。 その時です。墨染の衣を身につけた僧が、燃えかかっている屋根に立ち、歩いているのが見えたかと思うと、勢いよく燃えていた火が、スーッと消えたのです。それは一瞬の出来事でした。みんなは棒立ちのまま身動き一つしませんでした。 そうしてひと筋の光が走ったかと思うと、僧は西光寺(さいこうじ)の地蔵堂へと消えたのです。 不思議なことにその時閉まっていたはずの扉がいつの間にか開き、仏像は安置されていました。 このありさまをみていた町民たちは興奮した声で 「あれは西光寺の地蔵さまや、火除け地蔵さまや」と叫びました。 それからは、火事がおこると墨染の衣の僧が現われて、大火にならなかったと言われています。 この地蔵堂には、延命子安地蔵と、十一面観音像がまつられ、大正時代までは毎年、7月24日、地蔵会式(えしき)が行われ、花火や相撲大会などの行事にたくさんの人々で賑わったということです。 西光寺は、田丸城の鬼門にあたるということですが、手入れのゆき届いたこの境内で、さらいのあとがお寺の風格をただよわせていました。 わけのぼる ふもとの道はわかれども 同じ高嶺の月を見るかな 西光寺地蔵堂より |