| むかしむかしのことです。 田丸から棚橋(たなはし)へ抜ける志摩道は、時おり旅人の姿を見かけるだけの寂しい道で、『岩坂ギツネ』にばかされたという話がよく聞かれました。 キツネの出ないうちに、岩坂峠を越えようと足早に歩いていたある旅人が、ひといきに歩いてしまったので急にのどが渇いてきました。 静かに耳をすますと、サラサラと沢の音が聞こえてきます。 旅人は水の音に寄せられたように細い山道を歩いていくと、きれいな水がしたたり落ちています。手にすくって飲んでみました。 「こりゃうまい」 ゴクゴクと一気に飲み干し、その水のおいしさに旅の疲れやキツネが出ることなど忘れてしまいました。 そうして、このうわさは旅人達の間にも伝わり、岩坂峠(いわさかとうげ)の水はおいしい。と広まっていきました。 ある日、村人が水を持ち帰ろうとすると、流れ落ちる水のところから光っているものが見えます。拾いあげて見るとそれは、不動明王の形をした仏像です。村人は 「こりゃ珍らしい」 と急いで村へ帰って皆に話をしました。 不動明王とは、悪魔、煩悩(ぼんのう)を降伏させるため大日如来(だいにちにょらい)が化身(けしん)したものと言われています。そのため、怒りの相をあらわし、右手に剣、左手になわを持って、火災をうしろにして座っています。 村人達はこの不動明王を岩坂峠を越える旅人達のためにまつり、守護神(しゅごしん)としました。そしてこの水は霊水として飲まれるようになったのです。 山の中腹で水が落ちてくるのは、この辺の層が石灰石でできており、奥に鍾乳洞(しょうにゅうどう)があるからでしょうか。どんな旱ばつの時でも水がかれることなく湧き出て、不老長寿に効くと云われています。 毎月28日は岩坂不動の縁日で遠方からもお参りに訪れ、水を持ち帰るのだそうです。 |