
| むかしから原は百町もの田んぼが続き米どころとして開けてきました。 今から200年程前のことです。 ある年の6月、田植えを終えたお百姓さんたちは、 「これで今年も豊作じゃのう」 と、ほっとしていました。 それからのことです。いっこうに雨が降らず、田んぼは地割れがして苗は枯れはじめてきました。 「雨が降ってほしいのう」 と、村人たちはいっこうに降りそうにもない空を見上げていました。 しかし日照りはいつまでも続き、国束山(くづかさん)からさがった新池やヒジヤ池、叺池(かますいけ)の3つの池も、とうとう底が見えてきました。 「このままでは今年はさっぱりじゃと、村中さわぎだしてきました。 なんとかしなければいけないと思いつつ、めぐみの雨は降りそうにもありません。 ところが、代官さまから年貢米を増やすようにとおふれがでたのです。藩の財政が苦しくなるといって農民にしわよせがきて、税を重くするのです。 さあ、村は大変なことになりました。村人たちは、大干ばつでお米がとれないというのに、年貢米は増やしてくる。わしらはどうしたらいいのだろうと悩みました。 こうなれば年貢を下げてもらうよう代官さまに頼むよりしかたがないと、村人たちは代官さまにうったえました。 しかし、代官さまは、首をよこに振るだけで村人たちの言うことなど聞いてくれません。こうなったらみんなで代官さまにおしかけて反抗するより方法がないということで、かまやくわをもって集まりました。 けれどもどんなにあらそっても負けるのは決まっています。おいつめられた村人たちは、村の神社へ行って、雨乞いをしました。 天からのめぐみを祈るより方法がみつからなかったのです。 鐘や太鼓で「アーメターモレターベヨー」 手を合わせて、なんどもなんども祈りました。 すると、雲が出てきて雨が降ってきたのです。 「よかった、よかった」 と肩をたたき合って喜びました。村人たちの苦しみが天に届いたのです。 それからは干ばつで困ると神社へ集まって、雨乞いをしました。 この神社をまつってあるところを宮田の森といいます。 |