| むかしずっと昔、国束山(くづかさん)に国束寺というお寺がありました。朝熊山(あさまやま)の金剛証寺(こんごうしょうじ)と並ぶほどの名刹(めいさつ)で長い歴史を保ってきたお寺でした。 そのお寺に秀観(しゅうかん)というとてもすぐれた和尚さんがいました。山頂にあるのにかかわらず、あちこちからたくさんの人が訪れ、山道に長い列ができたのも、この和尚さんをしたってのことでしょう。 ある年の冬のことです。 村人が山仕事をしていました。 「今日は寒いのう」 村人は手がかじかんで仕事にならないと、焚火をして暖まることにしました。 ところが、その火がおりからの強風にあおられて、火の勢いが強くなりあっという間に真っ赤な炎に包まれてしまったのです。 「和尚さんたいへんです。火の手が上がっています」 国束寺では、一番恐れているのが山火事です。こればかりは手のほどこしようがありません。火を消し止めようとする人、動転して大声で叫ぶ人、境内は騒然となりました。 秀観和尚さんは、この十一面観音像がまつられているお寺だけは燃やしてはならないと、 「南無阿弥陀仏……」 と声高らかに念仏を唱えました。 それはまるで火の音と念仏がこだまして、あたり一帯異様な雰囲気となり、時が止まったようでした。 そして和尚さんは、お寺が焼けるなら 「せめて私の腕だけでも残しておきたい」 と腕を折ろうとしました。 しかし、どんなに腕を切り離そうとしても腕はビクともしません。 その時、不思議なことに風はピタリとおさまり、火の勢いは弱くなりお寺は焼けずにすみました。 みんなは、和尚さんの信心(しんじん)が助けてくれたのだと、なお一層和尚さんを敬いました。 それからは、前にも増して長い人の列ができたということです。 国を支え束ねる寺と言われた国束寺。今、秘められた昔話と沢山のお堂のあとが字名(あざな)となって残っています。 |